2003年10月、相方がかねてから欲しがっていたMoulton APB Nexus7のデッドストックをアヤセサイクルで見つけて購入してからというもの、それまでの私のBRIDGESTONEトランジット ストリートではスピードがついていけなくなり、いっそビュンビュン走ってくれる自転車にすればこの脚力をカバーしてくれるに違いない、という他力本願的な理由でKHS F20R(2004年モデル)をBIKE & HIKE で購入。 なかなか走ってくれてます。
2003年10月、相方がかねてから欲しがっていたMoulton APB Nexus7のデッドストックをアヤセサイクルで見つけて購入してからというもの、それまでの私のBRIDGESTONEトランジット ストリートではスピードがついていけなくなり、いっそビュンビュン走ってくれる自転車にすればこの脚力をカバーしてくれるに違いない、という他力本願的な理由でKHS F20R(2004年モデル)をBIKE & HIKE で購入。 なかなか走ってくれてます。
小学1年生の時、祖母の家で大人用の自転車をケンケン乗りしているうちに、自転車に乗れるようになる。その後、小・中と徒歩通学だったために、ろくに自転車に乗ることなく成長。子供用自転車を買ってもらった記憶はなし。
高校に入学し電車通学がはじまる。自宅から駅までの920mの道のりを、毎朝約2分で24インチのママチャリをかっ飛ばす高校時代。ある日、1時間に1本しかない電車に乗り遅れ、利根川沿いを行けばなんとかなるだろうとそのまま自転車で登校する。走行距離約14km。その時走った堤防の道が大利根サイクリング道路だったことは、当時は知らない。実質これが生まれて初めてのサイクリングとなる。が、軟弱女子高生だった私は、学校に自転車を残して何事もなかったかのように電車で帰宅。父に怒られる。仕方なく父は親戚から軽トラを借りてきてくれて無事回収。今思えば、初めての輪行とも言えなくはない。かも。
短大に進学して上京。その年の5月、無印良品の20インチの自転車を誕生日プレゼントにもらい、行動範囲がうんと広がる。なかでも、駒込駅から本郷通りを南下して東大の赤門をくぐり、大学構内を抜けて不忍池へ走る片道約5kmの道のりが一番好きだった散歩ルートで、元気な時は、東京芸大から谷中霊園の方を回って千駄木をうろちょろしながら帰るのが楽しかった。友達と一緒に、なんちゃって東大生・なんちゃって芸大生を気取って楽しんだ青春時代。
それから何年も後、当時暮らしていた桜上水で無印良品の自転車が盗難にあい、それからは世田谷区のレンタサイクルを月極利用する。使い込まれたシングルギアのママチャリはきちんと整備がされていて、それなりに走りやすかった。そのママチャリで八王子の万豚記までラーメンを食べに行こうと甲州街道を走るも、西調布あたりで「こりゃ無理だな」とあえなく引き返す。
21世紀になり、下北沢の雑貨屋で1台17,800円の折り畳み自転車を2台購入するという、今考えると暴挙にでる。相方はこれで自転車通勤を始め、3ヶ月で自転車が壊れる。安全に乗ることが出来ない安物の自転車は絶対に買ってはいけない、とこの時学び、後に相方用にPEUGEOTのママチャリを、私用にBRIDGESTONE トランジット ストリート(生産終了)を購入。これで当時暮らしていた駒沢から秋葉原・渋谷まで出掛けたり、溝口まで買物に出掛けたりするようになる。
2003年、Moulton APB Nexus7とKHS F20Rを購入し、2004年、相方の実家がある静岡県に帰京。荷物は引越会社で送り、本人達は自転車で箱根を越えて引っ越す。それからツーリングをはじめる。
1974年千葉県生まれ千葉県育ち。いわゆるチバラギ。静岡県在住。
webの仕事などしてご飯を食べはじめて、かれこれ10年ちかく。
2006年8月4日 ひとりで富士山に登る。山頂 剣ケ峰にて